『表示からはわからない食品添加物』

2012年2月12日 21時41分 | カテゴリー: 都市環境・子ども

「便利」「快適」「豊かさ」の影に

原発の問題が象徴するのは、
安全性よりもとにかく経済優先。

その結果、失われたものは、
“地に足のついた、人の暮らし”だったのではないでしょうか・・・。

社会全体の価値観、暮らし方の見直しを迫られている昨今のように感じます。

ここ数十年の社会の変化は大きく、あらゆる面で「便利」「快適」「豊かさ」にすっかり慣れてきてしまっています。

あちらこちらにコンビニや自販機、弁当屋にスーパーではお惣菜売り場の拡大、

食べたいと思ったら、すぐに食べられる。

昔は、作らないと食べられなかったのに!

さて、先日、食品添加物の学習会『表示からはわからない食品添加物』に参加してきました。

 講師:NPO法人コミュニティスクール・まちデザイン

       理事長 近藤恵津子さん

「食品添加物」は商品としての食品の価値を高めるために開発されてきたものですが、経済重視の観点からは、できるだけ安く効率的に、そして見た目よく、とにかく売れるものを作る、ということになっていきがちです。

つまり安い原料に添加物で厚化粧ということも起こり、添加物の取りすぎ・複合的な作用の健康への影響を考えなくてはならない状況を考えさせられました。

安いのには安いなりの訳があるということ。

そこで消費者が、見た目や価格の安さにまどわされずに、“安全性”“質”に目を向けて、自分たちの健康を守ることが大切で、それが企業へのアプローチにもつながるのだと学びました。

食品添加物のすごさ

 白い粉を足していくとどんな味にも

食品添加物とは、保存料、甘味料、着色料、香料等のことをいいますが、この学習会では、講師の前のテーブルに実際に食品添加物がずらっと並んでいて、

その小さなケースに入った白い粉をスプーンですくいながら、足し合わせていって、様々な味を作り出していきました。

たとえば、よくある炭酸飲料のレモンジュース。

ブドウ糖加糖液糖に着色料、香料、炭酸水、
それからクエン酸を入れるとレモンジュースになります。

ブドウ糖加糖液糖とは、アメリカからの輸入のトウモロコシで
作られます。トウモロコシでんぷんのコーンスターチを
ブドウ糖液に分解して、砂糖よりもっと甘い果糖へ。

500ccの飲料には、砂糖換算で50gが溶けていることになるそうです!

普通は甘すぎると感じるはずなのに、なぜ飲めるかというと、「酸味料」という添加物と炭酸ガスを入れ、パンチの利いた味に仕立てるからだとか。

目の前で、粉の足し算で、本物の果物の影も形もなしにレモンジュースになっていく不思議。

しかも色と香りを替えるとオレンジジュースやメロンジュースが
いとも簡単に誕生するのです。

ちなみにブドウ糖加糖液糖は、吸収のいいエネルギー源なので、
カロリーの過剰摂取、血糖値を急激に上げてしまうという問題が

あるそうです。小中学生に糖尿病の子どもが増えているのもブドウ糖の取りすぎが原因ではないかといわれています。

【参考】

 食品の裏側—みんな大好きな食品添加物

食品添加物は、何からできているのか

とんこつスープも白い粉を次々足していき、お湯を注ぐと、あのインスタントラーメンの味になりました。

ここで気になったのが、「ポークエキス」。
豚の骨を原料としているものの、どこの豚のどこの骨を使っているかなんて、全くわからないそうです。

つまり、添加物名は表示されていても、その添加物の成り立ちまでは、公開されていないものも多いそうです。

着色料の原料は、なんでしょう。

たくわんの黄色、水煮のふきの緑、紅しょうがの赤、とさまざまなものに着色料が使われていますが、

人工的なものとしては、石油を原料としたタール色素があり、タール系の合成着色料、赤102・赤3・黄4・青1号などは、発がん性があるといわれ、アメリカやEUでは、使用禁止になっているそうです。

天然着色料では、なんとハムなどに使われるコチニール色素は、“かいがら虫の内臓”、ふきのきれいな緑色は、“かいこの糞”から抽出されるそうです! 

発がん性はなくてもこれはちょっと・・・。

取り合わせに注意

安全性のことでいえば、一つ一つの添加物は、食品安全委員会によって、安全性の評価をすでに受けてはいますが、その種類は800以上。

取り合わせについての研究は不十分だということです。

特に注意をしなければならないものは、保存料として使われているソルビン酸と変色防止のために使われている亜硝酸ナトリウム。

いっしょになることで、発がん性物質に変化するそうです。

食べ物は、体を作る大事なもの。
でもその大事さを忘れてしまいがちな忙しい日々。

「便利さ」の裏側を垣間見て、大いに反省をしたひとときでした。