「児童虐待とどう向き合うか」 杉山春さん(ルポライター)の講演を聞いてきました

2015年12月26日 20時51分 | カテゴリー: 女性, 子ども, 子育て支援, 貧困

ルポライターをされている杉山春さんの講演「児童虐待とどう向き合うか」に行ってきました。
〔2015年12月17日・聖フランシスコ子供寮(児童養護施設)にて〕

 

 

 

 

 

 

施設正門

「なぜ、ここにいて生きづらいのか、歴史の中の、社会の中の自分が見えてくる」
・・・・杉山さんがルポライターをしている理由

最初の作品「満州女塾」(新潮社)の紹介から。
1932 年に関東軍が中国へ入り、1937年日中戦争勃発。満州国という傀儡政権が作られ、開拓団が送り込まれる。青年の定着のために、女性も送り込まれ、花嫁に 仕立てるのが「満州女塾」。1945年8月、日本の敗戦が決まるとソ連が侵攻。本来は関東軍が開拓団を守るはずだが、守るどころか、若い青年らを兵士に、 根こそぎ招集していく。

女、子ども、老人ばかりが残された開拓団は大きな都市を目指して逃げるが、畑の中を機銃掃射、妊婦など走れないも のが銃弾に倒れた。逃げた先でもまたすぐに移動しなければならない状況の中、小さな子どものいる人は移動できない。極寒の中、中国人に嫁いで冬を過ごすも のもいた。その後、中国人の子どもを身ごもって、佐世保港までやっと逃げてきた女性たちを待っていたのは、“他国の子どもを堕ろす所”(堕体所)。

「満州女塾」を経験した30人を取材して書いた作品だそうで、杉山さんが理解したことは、
国の“国民を守る仕組み”が壊れたときには、どんなことでも起きる、ということ。


さて、児童虐待について 実際の事例から、詳細な取材を基にその背景を探りました。

出産・育児に対する意識の時代変遷

80年台 母になれておめでとう、という社会
90年台 児相が、虐待の件数を数え始めた
    “子育ては大変”という側面が見えてくる時代
2000年 崩壊家庭が見えてくる
2008年以降 母子、切迫している実態が見えてくる。 
        非正規労働者増大 2014年4割 女性7割

「ネグレクト 育児放棄――真奈ちゃんはなぜ死んだか」 より

ネグレクト―育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか (小学館文庫)

始 めはかわいがっていたが、1歳にも満たない娘を乱暴に扱う若い父親。乱暴がもとで急性クモ膜下血腫に、その後、成長に遅れ。母親には育児仲間がいず、娘の 成長の遅れを評価されるのを恐れ、1歳児検診に行かない。下に弟が生まれると夫婦は弟をかわいがり、姉の真奈ちゃんを3畳間においたままでほったらかし。 祖母たちも援助者にはなりえなかった。保健所や児童相談所は、真奈ちゃんの成長の過程を時々確認はしているが、母親の気持ち、孤独感、娘の発達の遅れに対 する不安や劣等感には十分気づかない。夫はゲームにのめり込み、家事や育児に無関心。関係がうまくいっていない姑に預かってもらったこともあり、娘への憎 しみを抱くようになり、精神のバランスを欠き、借金をする妻。しかしだれにも相談しない。3歳でいたずらをする娘をたたき、段ボールに入れ、ほおってお き、餓死させる。

子どもが育つということ

子育てには、親自身の成育歴が影響。
成長とは、親とのかかわりを通して、世界を知っていくこと。
自尊感情を持ち、自我が育つこと。
子どもは、願いを形にできるという希望を見出しながら、社会を知っていく。
いろいろな価値観がある中で、大事なときに、自分の価値観をもって判断できるか。

いくら公的な支援があっても相談にいけない

助けを呼べるのは、自分がちゃんとしているとき
自分を肯定でき、子育てがうまくいっているとき

バランスを欠いた神経、屈折した感情の中で、公的機関に相談にいけるか・・・・否。

問われていること

・自分の五感を信じる
・行動を助けるのは正しい知識
・個人を支える支援・ネットワークを張る力(学校の外でも)
・自分の不安を語れる人がいるか
・世界は信じられる、とどのように若い人に伝えるのか
・適応ではなく、対話を
 若い人たち、子どもたち、女性たち、困難を抱える人たちが語る言葉に耳を傾けているか

寄り添う

私たちは、どこまで子どもたちの声を聞きとっていけるか。

子どもが幸せになるためには、どうしたらよいのか。
どうしたら子どもがちゃんと育つのか、

社会的養護、豊かに
施設の人がゆとりをもって働けるように。

五感を働かせて“寄り添う”ことがいかに大切かということを教えていただきました。
若い夫婦に。
小さな子どもに。

 

 

 

 

 

 

 

子ども食堂を主宰している近藤さん、私、杉山さん、森愛さん