梅の季節になりました。 梅と言えば池上梅園。池上梅園といえば清月庵

2018年2月1日 08時56分 | カテゴリー: 市民活動, 都市環境

2018年1月1日号の大田区報のトップページに池上梅園の中の「清月庵」というお茶室が載りました。

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“清月庵の物語”をご存知ですか

池上梅園にある清月庵は大正時代に数寄屋建築で著名な設計、施工士の川尻新吉氏と息子の善治氏が建築したお茶室です。その美しい佇まいから、今、お茶会などに盛んに使われていますが、昭和60年までは池上本門寺の山門近くにあった、西田邸と呼ばれた600坪の庭園の中にあったものなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その庭園は蒲田に松竹撮影所があったころは、よくロケに使われたほど風光明媚な庭園で、建物は清月庵を含めて5棟の美しい数寄屋建築があったそうです。建築家の川尻氏は指物師から設計士になった方で、趣向を凝らした建具や江戸職人の技術と大正期の近代建築の技術が調和した建築だったうえ、贅を極めた木材を使っていたといいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが昭和60年、ちょうどバブルの頃、マンション開発が盛んになり、この西田邸もマンション開発で取り壊されることになったそうです。
地域の人たちが保存運動を展開し、貴重な文化財だとして新聞報道でも惜しむ言葉が載せられたほどでしたが、開発を止めることはできませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、近くに住むお茶の先生、中島恭名さんが破壊された部材の中から復元できそうなものを集めて私費で保存し、昭和62年、池上梅園の中に再建、寄贈されたものが清月庵なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

経済発展にまい進する中で、多くの貴重な文化遺産といえるものを失っていく中で、清月庵は、一人の女性が日本の文化や歴史を子どもたちに伝えたい、と並々ならぬ情熱で残してきたものなのです。戦争を体験された中島恭名さんは、平和の証しにもしたいと思ったそうです。
梅の季節、池上梅園を散策されて、奇跡的に救われた清月庵をぜひご覧ください。先人の残してくれた優れた建築、お茶を楽しむ文化、梅の香りとともに心豊かなひとときをすごしたいものです。