歴史的建造物の現地見学会 鵜の木「名主の家」の解体を前に  

2018年2月5日 14時35分 | カテゴリー: 都市環境

鵜の木にある「名主の家」として知られてきた建築物の解体工事が決定し、2月4日に解体前の見学会が催されました。この一族は1489年頃、栃木県佐野市から来て、原野を開墾しやがて代々名主を務めたそうです。

 

 

 

 

 

 

全景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当日の案内

 

主屋

立派な門を入ると堂々とした曲がり屋は江戸中期か後期に建てられた建物で、以前は茅葺だったものを瓦に吹き替えています。玄関を入ると土間があり、大黒柱は太い欅。高い天井には太い梁があります。天井内側の茅葺は、黒くいぶされています。茅葺は囲炉裏の火で燻蒸されることで煤のコーティングとなり、虫が湧くのを防いだそうです。土間を上がると座敷、仏間、茶の間、納戸と4つの部屋が田の時に並んでいます。

 

 

 

 

 

 

土間から部屋をのぞいたところ

 

 

 

 

 

 

 

玄関を入った土間から見上げた天井

 

 

書院

仏間につながって、南側に書院が増設されていますが、これは江戸時代後期、熊本・大村藩の鷹狩の休憩所になっていたそうです。波の形の彫り物を施した欄間、釘隠しのウサギの紋ン、天井近くの引き出しの襖絵は表裏両面に描かれてあるなど、優雅で遊び心のある客間になっています。

 

 

 

 

 

 

 

書院の欄間

 

 

 

 

 

 

 

書院の飾り棚。上の小さな襖には両面に絵が描かれている

 

大きく高いひさし、これは武士が馬に乗ったまま敷地内に入れるサイズの門だということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間取り図

 

 

貴重な文化遺産を地域の宝として残す方法を早急に考えるべき

実のなる植物はじめ、緑豊かなお庭が広がり、威風堂々とした建物、これがなくなってしまうのは、なんとも悲しいことです。松山公園がほど近く、国分寺崖線の南端に位置し、多摩川の恵みを受けながら、古代から人が住んでいたといわれる場所です。
ここまで持ちこたえてきたのに・・・日本の貴重な文化、建築物、これらを個人の責任だけに負わすのではなく、日本の宝、地域の宝として残す方法を確立させるべきです。江戸時代に建てられた建物のうち、現存する建物はあともう5棟ということです。