【ご報告】外遊びは生きる力の源 第2回「豊かな遊び環境とは」

2018年8月2日 10時39分 | カテゴリー: 子ども, 子育て支援, 市民活動, 都市環境・子ども

外遊びは生きる力の源   

第2回「豊かな遊び環境とは」

天野秀昭さん(NPO法人 日本冒険遊び場づくり協会理事)
「キッズな大森」(子ども家庭支援センター)にて

 

7月29日は、「子どもの遊びと地域の公園を考える会」主催の第2回目の講座にて、天野秀昭さんのお話を伺いました。前回は子どもの「やりたい」を実現できる遊び場、プレーパーク(冒険遊び場)の紹介と遊びの意義を学びましたが、今回は具体的な事例を通して“豊かな遊び環境”についてでした。遊び環境というと、ハードのことばかり考えがちですが、“子どもをとりまく大人が、どういう存在であるのか”ということに着眼しているお話はとても新鮮でした。

 

 

 

 

 

 

 

天野秀昭さん

 

子どもをどう見るか

例:5年生のさいくん。
中学生が小学1年生を泣かしていた。さいくんは、間に入り、中学生に向かって、「こんなに小さな子に何してるんだ。おまえたち何やった」と迫る。さいくんの気迫勝ち。直観的で的を得た動きをするさいくんに子どもたちの信望は厚く、プレーパークでは和をつくれるリーダー的存在。そんなさいくんが担任教師に叱られる。「あんたみたいにスタンドプレーでクラスの和を乱す奴はいない」と。さいくんは身に覚えがない。教師はまじめで熱心。教師のもとめる従順さ、理想のクラス像の中では自分の意志のしっかり持っているさいくんは問題児だったのかもしれない。

問題児って何か。大人のもつ「子ども観」に左右される
その子が問題なの? その子を見る大人が問題なの?

子どもの問題は大人の見方に問題
大人は自分の見方が正しいと思い、ちゃんとしつけようとする。
不登校・・・精神がたるんでいるせい。国のための兵隊を育てる教育観で捉える人もいる。

 

子どもには育つ力がある

子どもは未成熟な存在。大人がしっかりしつけないとならない。育てないと育たない。
ではなく、“子どもには自ら育つ力がある”→子どもとしての成熟がある

子ども性(情動・喜怒哀楽)を発揮→成熟した子ども→成熟した大人に

教育過干渉や教育虐待➡成熟した大人になれない

大人に勝る環境はない
“私はどうか”この問いを常に自分に向けている大人でありたい

 

豊かさの指標・「もの」「イメージ」「ルール」「人間関係」

「もの」その子の力で壊せるものがどれだけあるか
自分の働きかけで変化を起こせることを知る。その面白さを確認。
穴を掘る、竹を切って竹とんぼをつくる・・・

現状を破壊する→私の世界の関係性が壊せないと関係がつくれない
壊さずして作れるものはない

壊せないものに囲まれている→発想も欲求も起こせない
プロセスの中に入り込めることが大切だが、今は結果だけ。
→子どもは受け身にならざるを得ない。発想が抑圧。

昔はいくらでも壊せたし、創れた。クリエイチィブな暮らしがあった。

「イメージ」さまざまな発想を持てるか
キャラクター製品は子どもに想像、発想の余地を残さない。
セーラームーンのグッズ→固定化、指定された方法でしか遊べない。

昔は何をやるにしても木の枝で。イメージを吹き込めた。
タライはいろいろな機能をもつ。スポーツカーはジープにはならない
技として受け継ぐもの、イメージとして広がるものがない

「ルール」必要に応じて創り出せるか
約束とは本来、双方向なもの。大人が従わせたい時にいう「みんなと約束しよう」は詭弁で一方的。

例:異年齢での楽しいバスケ(プレーパークで育った子どもたち)
高校生の中に幼児が入ってボールを追いかける。幼児が持ったボールを叩き落とすと幼児は泣く。幼児を抱きかかえてゴールしてもよいルールにした。1時間が経過したのちに、高校生だけで本気でやるから応援してね、と幼児にお願いする。異質な子どもを入れることやみそっかすを作ることができる。子どもの世界が生まれる。

大人の作ったルールを守らせられるだけ、ルールを守れることが教育
→ルールを作る力がなくなる。だれがそのルールを作ったのかが問題

「人間関係」関係をくずし、また新しい関係を作れるか
ぶつかり、けんかをして、新しい関係を築く経験をたくさんする⇒自ら育つ
生きている、という実感。大人は信頼して見守る。待つ。

スクラップ&ビルドは必然
文化だって、芸術だって壊して創るもの。新しい文化を創っていくのが人間。

プレーパークに来て遊んだ子ども
中2・・・ぼく、ここに来て、生きているって感じがする
高2・・・ここがなかったら、生きていなかったかもしれない
中2女子・・・私、初めて、生きてていいよ、って思えた場所と出会えた。(援助交際を始めていて、そのことを打ち明けた。みんなに「いい子だね」といわれて、「私はいい子じゃない。みんなを裏切り続けている」と。彼女にとっては、生き抜くための、自分の生を感じたいがための援助交際だった。

思春期からでも自分の取り戻し方を見つけられる。

子どもが求めているのは、創造的な大人
おもしろく生きていこうぜ、という大人

そういう大人に触発される→へんな大人になろう
問題は大人たち
子どもにサービスしよう×
あーしなさい、こーしなさい×


ワークショップ「どんな公園がほしい」

・なかよし公園ではない「けんかしてもよい公園」
・プレーリーダーのいる公園
・ツリーハウスのある公園
・大きな黒板があって、愛のあふれているメッセージが書いてある
・子どもが自転車でいける距離
・井戸のある公園、いくらでも水遊びができる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな公園がほしい

 


 

子どもが主体的に自分を生きていくには・・・・私たち大人が最も要の環境であるというのですから、身の引き締まる思いがします。自分は何をしようとしているのか、何をするべきか、自分に聴くことのできる大人でありたいし、私自身も壊すことを恐れずに、クリエティブに生きていきたいものです。