【車椅子の僕が市政にチャレンジする理由】車椅子議員との対談

2019年3月25日 09時11分 | カテゴリー: 政治, 障害者福祉

生きづらさを抱えている人が社会から忘れられている現実に直面して

【車椅子の僕が市政にチャレンジする理由】

2019年3月24日 luz大森にて
主催:バリアフリー社会人サークルcolors

 

若き電動車椅子ユーザーが市政(千葉市)に挑戦しようとしています。千葉市花見川区 無所属の「わたなべ ただひろさん」です。伊勢崎市議会議員「高橋のぶたかさん」との対談を通して、障がい当事者が政策決定の場に立つことの意義を考えるひとときでした。全国に車椅子の議員はまだ10人ほどだそうです。車椅子ユーザーや視覚障がい者、自閉症の方なども参加されていて、「わたなべ ただひろさん」の挑戦に希望をつなぎ大きなエールを贈りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたなべ ただひろさん

わたなべさんは幼少期に発症した筋ジストロフィーにより車椅子を使用していますが、千葉市内の小中高等学校に通学し、卒業後は早稲田大学に進学しました。しかし当時は車いすユーザーに配慮した制度が大学にはなく、わたなべさんが相談をしたことで「障がい学習支援室」ができ、視覚障がいの人には「朗読サービス」などが実施されるようになったそうです。身体障がいの学生への支援はわたなべさんが最初で、トイレ介助に学生ボランティアが担ってくれる制度が生まれたそうです。大学院卒業後は千葉市内でNPO法人を設立、障害者のための進学相談支援とバリアフリー観光に取り組み、社会福祉士取得後は、介護事業所も開設、外出支援や居宅介護のサービスを提供。その後、千葉におけるパラスポーツの応援、パラ選手を呼んでのイベント開催にも取り組んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

わたなべ ただひろさん(千葉市の市政に挑戦)

 

久しぶりに早稲田大学の様子を聞くと障害をもつ学生が増えているとのこと、さらに大学自体がダイバーシティーに力を入れるようになり、LGBTやジェンダーへの推進が図られていることを知り、自分の存在も無駄ではなかったと感じたということです。

勇気を持って社会に出ていくことで環境を変えていけると思えたこと、制度や政策を変えなくては根本的には社会は変わらないと思ったこと、小中学校など自分を受け入れてくれてチャンスをくれた千葉市に恩返しをしたいと思ったことが市政に挑戦しようと思った理由だそうです。

 

高橋のぶたかさん(伊勢崎市議会議員)

高橋さんは、建設会社の社長でしたが、9年前、仕事中の落下事故で頸椎損傷身体障碍者一級の車椅子生活となりました。
障害者の立場になると社会が二分されていることを感じ、だれでもが社会参加できる社会であるべきだと思ったそうです。
昨年4月の選挙で初当選、“バリアフリーな伊勢崎市に”をキャッチコピーに活動されています。本会議場には車椅子用の机とマイクがセットされ、採決はこれまで“起立”だけだったものが“起立”または“挙手”になったそうです。挙手を喜ぶ高齢の議員もいるそうで、柔軟な対処は高齢者にとってもよいようです。
車いす議員の存在でイベント会場がバリアフリーを意識するようになるなど、いつの間にかひとりでに社会が変わり、障がい者が社会に出やすくなっている。当事者が一歩、踏み出すことの意味は大きいと感じているというお話でした。

 

 

 

 

 

 

 

高橋のぶたかさん(伊勢崎市議会議員)と車椅子

 

地方議会の役割(参加者から)

ほとんどの地方議会は保守勢力が国会議員のぶら下がりで、国の顔色をうかがっているせいか、動きが鈍い。地方自治体独自の課題があるはず。これからは地方自治が変わっていかなくてはならない。ローカルパーティーが力を発揮していく時代。
社会は男性で仕事をばりばりしている、人口の約30%の人を中心につくられているが、もう社会構造に限界が来ている。多様な人が暮らしやすい社会にするには当事者が声を上げていくことが大事。組織同士の争いをしている場合ではない。

 

 

 

 

 

 

 

会場の人との意見交換

 

 

 

 

 

 

 

登壇者といっしょに
左から高橋さん(伊勢崎市議会議員)、わたなべさん(千葉市の市政に挑戦)