車イス日記:5月10日(電動車イスに乗るようになって3カ月と10日) 車イスになってよかったこと

2019年5月12日 21時14分 | カテゴリー: 活動報告, 障害者福祉

車イスになってよかったこと

・人との出会いがエネルギーになること
・きれいな花をゆっくりながめられること
・結果、ゆっくりペースでもいいんだ、という価値観の転換ができたこと

 
 
人との出会い、会話がエネルギーに

自転車でかけぬけていたときは、簡単なあいさつや会釈くらいで通り過ぎていたのに、車イスになったら、つい話をしてしまう。「きれいな花ですね」「すてきなお店ですね」。
いろいろ話しているうちに共通の友だちがいることがわかったり、これから始める取り組みを聞いて関心をもったり、たわいもない話から楽しい気分になる。同じ街で生きる仲間との心の触れ合い、情報交換、この小さな積み重ねが生活の根っこの栄養分になり心のエネルギーになっているのかも。街に感謝。

 

 

 

 

 

 

近所のお花屋さんwnico

 

 

 

 

 

 

 

近所のお花屋さんwnicoで

 

 

人に頼ることはダメなのではない

人の世話になることがとても多くなった。エレベーターで長押しして私が乗り込むのを手助けしてくれる人、狭い歩道をゆずってくれる人、急なスロープで立ち往生しているとき押してくださる人、「だいじょうぶですか」と声をかけてくださる人などにいつも出会う。慣れないうちは、せっかくの親切を固辞して「だいじょうぶです」なんて言っていたけれど、今は、現状の自分を素直に受け入れられて、感謝の気持ちを素直に表すことができるようになった。日に何度もいう「ありがとう」の言葉。この言葉が不思議と自分の心を柔らかくほぐしてくれるのか、前向きな気持ちとプラスのエネルギーが心に満ちてくるので不思議。

昨年11月に見つかった骨盤にできた腫瘍、いわゆるガン。しかしなぜか今では「抗がん剤治療」が必要でなくなるほど腫瘍マーカーが低くなり、痛みもすっかりなくなっている。この「プラスのエネルギー」のおかげもあるのかな?

“自立と孤立は違う”、 “適度に依存できることが、本当の自立”だと聞いたことがあるが、頼ることがダメなのではない、そう思うと気が楽になる。

 

きれいな草花を低い目線からながめられる

家の壁にはわしているバラがきれい。六郷土手の草花がきれい。だれかが世話しているのか、それとも自然には生えているのか。季節の移り変わりと自然の恵みを植物から感じる。自転車で駆け抜けていた頃は、こんなにちゃんと見ていたかな?

 

 

 

 

 

 

 

家の壁にバラをはわせているおうち、きれい!

 

 

 

 

 

 

 

六郷土手の花

 

 

障がいがあっても、高齢になっても、卑屈にならず、閉じこもらず、外に出て、人に出会うことはおすすめ、人に出会うと元気になれるから。車イスでGo―です!

早いだけがいいのではない、ゆっくりペースでいいこともある・・・なんて、新しい価値に出会う喜びを感じる今日この頃。

 

「いつも喜んでいなさい。たえず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい」

(子どもの頃、父がいつも私に語ってくれた聖書の言葉)

 

 

 

 

 

 

 

六郷土手の花