「こども食堂」  ~地域の力が子どもを育む~

11月16日、消費者生活センターにて、大田区消費者団体連絡協議会主催「トーク&トーク 子どもたちを地域で見守るために」という集会が行われました。

語り手は、NPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワーク理事長の栗林知絵子さん気まぐれ八百屋だんだん店主の近藤博子さんです。

 

 

 

 

 

 

左から栗林さん、私、近藤さん

2人とも「こども食堂」の運営に携わっていて、そこから見えてくる社会状況、子どもの実態を話してくださいました。“子どもを支えていくのは地域”という強い確信に満ちていて、目の前の子どもに寄り添おう、という“おせっかいおばさん”の愛情が伝わってくるお話でした。

栗林さんが“おせっかいおばさん”になったわけ

あ る中学生が「ぼく、どうやって勉強をしたらよいかわからない」と栗林さんにポロっとこぼしました。母子家庭で、朝から晩まで母親は働き、家のことは全て、 少年がやっているので、勉強する暇がないそうです。栗林さんが、基礎から勉強を見てあげ、高校入学に際しての奨学金制度があることを母親に伝えて、少年は 無事に都立高校に合格できたそうです。

家族そろってご飯と食べるということ

栗 林さんが、自分の家族の夕食に誘ったとき、「え、ご飯、みんなで、食べるの?きも!」と言った少年。“家族で一緒にご飯を食べること”も“お正月におせち やお餅を食べること”も経験してこなかった少年がいることを知って、栗林さんは、困難を抱えている子どもの世界と自分の常識の世界の違いに愕然としたそう です。


「死のうと思っていた」おんなの子が「子ども食堂」の料理人

母 子家庭で貧困。小学校2年の女の子が、学校の時間なのにマンションの8階でふらふらしているところを近所のおばあさんに声をかけられました。夜、母親に女 の子が告白。「私、死のうと思ったけど、おばあちゃんとおしゃべりして死ねなかった」。母親はそれから仕事にいけなくなって収入がなくなります。生活保護 を受給して生活の立て直しをはかるように栗林さんが応援します。それから、その女の子を迎えに行き、こども食堂を手伝ってもらいました。料理を手伝えば、 無料でご飯が食べられるシステム。地域のおばあさんに料理をほめられ、少しずつ自信をつけていった女の子。無事に中学に入り、母親はやがて正社員になる道 を見つけられて、生活保護は打ち切りました。人のつながりが人に力を与えることを実感して、困難な子どもをキャッチできるのは、地域しかない、との気持ち を深めたそうです。

近藤さんが“子ども食堂”を始めたわけ

2010 年にある小学校の先生から、“精神的なトラブルを抱えて、ご飯を作ってあげられない母親がいる”という話を聞きました。食べ盛りの子どもがひもじい思いを している、ということに心が痛んで「こども食堂」を開設することを決心。店の改装費用や運営経費に区に助けてもらおうと助成金を申請しましたが、「八百 屋」ということでダメだったそうです。でも始めてみると、うれしそうにくる子どもたちに勇気をもらいます。自分自身、父子家庭で育ちましたが、地域に育て られたので、その恩返しだと思って。“あそこに行ったら、なんとかなる”と思える場所が地域にいくつもあったらいいと思うそうです。残念なのは、気になる 子どものことを小学校は個人情報保護の観点から、教えてくれないことです。

人のぬくもりを感じて食事をしたい

四 ツ谷から子ども食堂に通っている高齢の方がいます。きっとだれかといっしょに食事をしたいのです。どんな年代の人も寄り集まって、つながりを持てるように していきたいと思います。社会貢献したいと思う企業も個人も行政もみんな連携して、地域づくりができるようにするべきではないでしょうか。本当は、周り じゅうが、支え合える、助け合える関係で、頼れるおばちゃんがいっぱいいたら、こども食堂なんかいらないのです。こども食堂がいらない社会をめざしたいと 思います。

全国初の「こども食堂」はこの大田区「気まぐれ八百屋だんだん」から

2 人とも、子どもの居場所を点在化することをめざし、地域のエンパワメントは人と人がつながっていくことだと実感のこもったお話をしてくださいました。全国 に広がりをみせている子ども食堂。その命名は大田区の気まぐれ八百屋「だんだん」の近藤さんなのです。子どもだけで来ていい、ということは子どもを信頼し ているということ。子どもたちには、その思いが伝わるのでしょう。毎週木曜日は、蓮沼「だんだん」にはうれしそうな顔の子どもたちが、賑やかに集っていま す。

 

 

 

 

 

 

ある日の子ども食堂