ガンになっても生き生きと自分らしく -サポート体制へのヒント モデルの園田マイコさんより

がんは治る病気になってきました。しかしまだまだ「死の病」という印象は強く、ガンサバイバーが増えているのに支援が足りない状況です。仕事は続けられるのか、どういう生活になるのか、不安の中での暗中模索を経験する人が多いのではないでしょうか。モデルの園田マイコさんがガンの告知を受けて「死」を意識して深く落ち込むところから、新たに自分らしく生きてきた過程を聞く機会がありました。ガンになったからこその出会いや発見がある、という明るいメッセージ、 “何によって支えられたか”というお話はガン患者への励ましでもあり、今後のサポート体制の在り方を考えるヒントにもなりました。

主催はikus.医療美容ケア研究会。5月25日、大田区民プラザにて。
マイコさんは176㎝の長身。さすがにモデル、周りを華やいだ雰囲気にしています。
 

 

 

 

 

 

 

 

マイコさんは、高校卒業後からモデルを始め、これまでに『FENDI』『Chloe』『ヒロコ・コシノ』『ジャン・ポール・ノット』など数多くのファッションショーに出演。現在は、『STORY』などのファッション誌、広告、CMなど、幅広い分野で活躍中。現在50歳。

 

 

 

 

 

 

 

園田マイコさん

 

ガンの告知と家族の支え

39歳の時にセルフチェックでしこりを見つけ、検査の結果、乳がんだとわかる。悪性との告知に頭の中が真っ白に。医師の声が遠くに聞こえた。一番の心配は当時、中学2年生の息子に伝えるべきかどうか。家に帰る前に夫には伝えておく。すると家に帰ると玄関で息子が待っていて「パパから電話をもらって聞いたよ。パパと2人でママをサポートしていこうって決めたから大丈夫だよ」と言って抱きしめてくれた。涙が止まらないほどうれしく、同時に「この子のために死ねない」と思った。

 

抗がん剤治療

サードオピニオンまで医師を探した。心を託せた医師は、治療方針に納得がいき「だいじょうぶ」と笑顔で応対してくれた医師。抗ガン剤の投与を受ける。副作用は味覚障がい、便秘、白血球の低下と倦怠感。そして脱毛だった。

 

 

 

 

 

 

 

脱毛時の写真

 

仕事ができた

髪の毛はすっかり抜けたけれど、先輩からは「スカーフでおしゃれができて、なかなかいいわよ」と言われ、“めったにない経験を楽しもう”と思った。スカーフは古着屋で200円や300円のものも買って楽しんだ。ウィッグがあれば、十分仕事ができたし、仕事をしている間はガンのことを忘れていた。自分の髪が生えだしてからは意外にベリーショートが似合うのかな、と思ったり、カジュアルにもシックにもなれたりする新しい装いの自分を発見して楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

支える側になりたい

『STORY』という雑誌でガンのことを公表したのは、家族や先輩のサバイバーに支えられた経験があったから。今度は自分が、今、治療中の人を支えたいと思った。本の出版にもつながる。ピンクリボン運動への参加や乳がんサバイバーのファッションショーも開催。有明がんセンターのロビーで行ったファッションショーには、病院の医師たちも協力してくれて面白かった。

 

MAGGIES東京(豊洲)

イギリス発祥のガン患者をサポートする施設「暮らしの保健室」。常時看護師がいて、無料で相談にのってくれる。建物は木のぬくもりがあって、第2の自宅のようにくつろげる空間。人との出会いがあり楽しく癒される場所、このような施設は大事。ずっと続いて広がっていってほしい。

 

ガンだから人生終わったなんてことはない

そこからどう生きていくかが大切。病気であるけれど病人ではない。
人生は一度きりなので楽しもう。
モデルのイメージとは程遠く落語の勉強をしているというマイコさん。

 

感謝と笑顔

同じ苦しみや不安を持ったことのある人が自分を受けとめてくれた。さまざまな出会いに感謝している。樹木希林さんの名言。「まず人間として自分がどう生きるのか。おごらず、人と比べず、面白がって平気で生きればよい」の言葉に励まされる。
「生きてるだけで、まるもうけ」と「笑う門には福来る」という言葉は本当だなと思う。
笑顔のある人のところには、笑顔のある人が寄ってくるもの。
笑って一日を終わりたい。