自由」「人権」 それをどう守っていくのか、われわれは今なお学びつづけている

2013年12月25日 09時16分 | カテゴリー: 平和, 政治, 貧困

◆マンデラ氏の死去に思う
12月5日にマンデラ氏が95歳で死去しました。
1918年に南アフリカで生まれたマンデラ氏は、アパルトヘイト(人種隔離)撤廃への戦いに生涯をささげ、ノーベル平和賞を受賞、南アフリカ初の黒人大統領になり、世界に「人間は人種、階級、性別を問わず平等な権利を有する」というメッセージを送り続けました。
27年間の獄中生活でも、信念を曲げず、しかも“白人・黒人の対立、憎悪、報復の繰り返しは不毛”“過去を許して、人種の融和と協調からしか解決しない”という考えに至り、釈放されて後、「和解」により、南アフリカを新しく生まれ変わらせました。
そして1996年に南アフリカで「全人種平等を柱とする新憲法」が制定されますが、それにしても「奴隷」の時代ではないにしても「人種差別」の歴史は延々と続いていたわけです。

このマンデラ氏の死去、という出来事があったことで、読み返してみた絵本があるので、今日はそのご紹介をします。

 あなたがもし奴隷だったら(あすなろ書房)を読んで   ジュリアス・レスター文 / ロッド・ブラウン絵
1518年から1865年代まで、何百万人のアフリカ人が、イギリス・オランダ・ポルトガル・フランス・アメリカに奴隷にされて、船で運ばれました。絵本は、アメリカに運ばれてから南北戦争(1861年)の後、奴隷制度が廃止されて、自由になるところまでのアフリカ人たちを描いています。
アフリカからの船では、できるだけたくさん運べるように「人」が丸太のように狭い棚に並べられ、死んだら、海に放りこまれました。「奴隷」はそもそも「人」としての扱いなどされず、ただで働かせることのできる家畜と同じ、資本主義のビジネスにおける「儲けるための道具」でしかありませんでした。脱走しようものなら、見せしめの拷問です。
一方、命がけで、奴隷の黒人の逃亡を助けたアメリカ人もいました。そして南北戦争の後、奴隷は解放されることになり、「自由」になったものの、「家」も「財産」もないアフリカ人たちは困惑した、というところでこの絵本は終わっています。
絵本の一枚一枚の絵には、そのアフリカ人たちの表情がまるでその魂と共に刻まれているようで、一人一人が、私たちと同じ人格のある人間であり、家族があり、もちろん感情があるなかで、どのような思いで、人生を送ったのか、想像をするほどに苦しくなりますが、静かに、強く、迫力のある絵本です。

訳者のあとがきに「想像する。思いやる。歴史に学ぶ。それらも人の気高さだ。過ちをおかすにしろ、人間には気高さもある。そう信じて、未来を見たい。」とありますが、人間のあらゆる側面をしっかり見つめて進んでいくことの大切さを教えられる絵本です。
絵本の最後のページ書かれている文章をご紹介します。

自由。自分と自分の生き方に責任を持つこと。

自由。自分を所有すること。

自由。自分が自分の主であること。

自由。それは責任をともなうひとつの約束ごとだ。それをどう守っていくのか、われわれは今なお学びつづけている。

あなたがもし奴隷だったら… あなたがもし奴隷だったら… (1999/02) ジュリアス レスター
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◆現代版の「奴隷」になっていない? さて、私たちは、「自由」と「人権」が、保障されている国に暮らしているはずですが、ここでいわれているように、
「それをどう守っていくのか、われわれは今なお学び続けている」
というのは、本当だな、と思うこの頃です。

日本における児童虐待やDV、貧困や格差、非正規雇用の低賃金労働と若者の使い捨て、知的障害をもつ女性をねらった風俗業での労働・・・もちろん福島の人たちの生存権。
「人権」や「真の自由」を真剣に求めざるを得ない状況です。最も原点となるべき「日本国憲法」も危うくなりそうな、特定秘密保護法。現代版の「奴隷」にいつの間にか、なっているなんてことにならないでしょうか。
新しい年を迎えるにあたって、私たちは、しっかり目を開いて行動していきたいものです。

朝日