私たちは子どもの“学ぶ場”を奪っていないか~子どもの笑顔と生きる力を育む…自由な遊び

2018年9月5日 16時35分 | カテゴリー: 子ども, 子育て支援, 市民活動, 都市環境・子ども

天野秀昭さん(NPO法人 日本冒険遊び場づくり協会評議委員)の講演が9月2日、「キッズな大森」(子ども家庭支援センター)にて開催されました。(主催:おおたっ子権利条例をつくる会)

 

以下に講演の内容をご紹介いたします。

 

 

 

 

 

 

 

天野秀昭さんの講義

 

1979年・国際児童年、1989年・子どもの権利条約国連採択・・・・
1975年、世田谷区在住の、ある幼児を育てていた夫婦が子どもの遊び場に疑問を持ち、まちづくりの中に子どもの遊び場を落としこむヨーロッパの手法を学びに行く。当時、デンマーク発祥の廃材置き場からの発想でできた冒険遊び場(プレーパーク)がヨーロッパに広がりつつあった。廃材置き場やレンガの崩れた家を舞台に子どもたちは挑戦しながら、想像的に、生き生きと遊ぶ。管理人の大人が絶妙な関わりをして遊びが活性化する。その様子のスライドを持ち帰り、プレーパークの思想が徐々に広まり、経堂こども天国が生まれ、桜ケ丘でもプレーパーク活動が展開された。この実践が区を動かして、「国際児童年」の記念事業として日本初のプレーパークが誕生。福祉と公園課の協働という点でも、住民と行政との協働という意味でも画期的なことだった。天野さんは1980年に初の有給のプレーリーダーに着任する。

 

遊具について

〔1〕滑り台:プレーパークの滑り台は、登る階段の間隔が広いから、その間隔を登る力のある子どもだけが上に上がり、滑ることができる。つまり遊具の形が子どもを選別しているわけで、チャレンジそのものが遊びである。公園にある一般的な鉄製の滑り台は階段の間隔が狭いので、2歳くらいの子どもでも登れてしまう。しかし頭が重くまだ不安定な姿勢の子どもが高いところに立つことになり、かえって危険ではないだろうか。

〔2〕ゴザチャンバラ:戦いは子どもの好きな遊びだが、ゴザを巻いた刀は当たってもあまり痛くない。どの程度の強さで打てばよいのか、経験の中で加減がわかるようになり、人間関係の加減にも通じる。

〔3〕泥遊び:乳幼児期は感覚的な遊びを求めるもの。関東ローム層の泥は泥遊びに最適。にゅるにゅるした感触を味わえる。ご飯でねちゃねちゃ遊ぶのは、その感覚を求めているから。

〔4〕火と水:これに替わるものはない。

 

遊びの力

癒す:震災を体験した子どもたち、滑り台をかけ登ったり、ボールを上から転がして逃げたりする遊びが生まれた。津波と引き潮。

自分が自分の主体になる:私の世界を豊かにする。やりたいから始める、自分で決めることが遊び。遊育。心が育つこと。アイデンティティ。

生きている実感:大人が決めた時間の中で暮らしている。大人は安心だが、子どもは自分で考えなくなる。一見、元気だが、“私が生きている”という実感はない。

⇒”生きている実感がない”⇒“だれでもいいから殺したかった”という殺人。自分自身が生きているという感覚は、だれかを殺したらわかるかもしれないと考える。生きるために自分を殺す。リストカットは流れている血を見て生きている実感を得ようとしている。

情動:情動が動いたエピソードが長期記憶に残る。心を動かされたという経験が私を豊かにする。

適応力:遊びには筋書きがないので、予測不可能なことに対しての適応力が自然と見につく。目的達成を意識することなく、その時その時を楽しめる。
例:3・11の時、多くの帰宅難民は不安を覚えたが、プレーパーク育ちの人は「たまにはこういうこともあるさ。地面が平らなだけでもいいじゃない」と逞しい。

危険察知能力:やりたいからやる、おもしろいからやる、と行動してきた子どもは嗅覚が効き(アンテナをはっている)、犯罪に巻き込まれにくい。

 

人が生きるうえでの4本柱

食う・寝る・出す(生物として)
遊ぶ(人として、心をもつ)

 

 

 

 

 

 

 

講義を聞いているところ

 


大人が意識を変えること、親同士の交流の場が必要

公園でのこと、幼児をつれた母親たち
「とりあいっこをさせない」
⇒子どものコミュニケーションの場を奪っている

親は子どものことを考えているのではなくて、自分のことを考えている。
子どもの学ぶ場を奪わないように。

よって、幼稚園や保育園の役割(親への教育)は重要!

 

 

 

 

 

 

天野秀昭さんを囲んで