「国際戦略特区」と「国家戦略特区」、そして町工場 -決算特別委員会 質問全文
「アジアヘッドクオーター特区の国家戦略特区としての抜本的なバージョンアップ」と銘打ち、大田区は東京都と共に「世界で一番ビジネスのしやすい環境」を実現するために規制緩和や税制の見直しで、外国企業を呼び込むというプロジェクトに着手しています。この国家戦略特区は地域限定、あるいは、特定のプロジェクトに限って、大胆な規制緩和や税制の見直しを認めるというものです。
大田区は平成22年に「羽田空港跡地まちづくり推進計画」を策定し、第1ゾーンに産業交流施設、多目的広場の導入の検討を始めました。平成23年に空港跡地が国際戦略総合特区「アジアヘッドクォーター特区」の一部として指定されたことを機に、羽田の跡地を海外企業の誘致、国内企業とのマッチング機能を担うものとして生かしたいという構想をもったという経緯があります。もともとは羽田空港の跡地の活用だけがテーマであったものが、23区にまたがるアジアヘッドクォーター特区、また国家戦略特区という新しい概念の中で羽田空港跡地を捉えていくこととなり、そこには新たなテーマが生まれていると考えます。
■規制緩和について
特区の最も大きな特徴は「規制緩和」であり、多国籍企業がビジネスしやすい環境づくりとして、「法人税の軽減」「所得控除」「入国審査の簡素化」「ビジネスジェットの使用手続き簡略化」などがあげられ、さらに、規制緩和のメニューはどんどん増やされていきます。
「規制」は確かに経済活動にとって、障壁になる場合もありますが、そもそもは社会秩序の維持、生命の安全を守るため、基本的人権を守るために創り上げられてきたもので、「緩和」はよほど慎重に取り組まなくてはならないことだと考えます。 「世界で一番ビジネスのしやすい環境」と「区民が暮らしやすい環境」では、相反する可能性もあります。
たとえば、2000年に施行された大規模小売店舗立地法は、それまでの店舗規模の制限などの商業調整を撤廃するものであったため、各地で大型資本の出店攻勢が活発化し、結果、特に地方都市では既存の商店街がシャッター通りになるケースが増加しました。
このことは地元経済の縮小をもたらすだけでなく、特に高齢者など徒歩での消費生活が困難になるという問題を生むことになり、さらに、大型店舗が撤退した後は、買い物する場所がなくなるという事態を招き、規制緩和の弊害といえる例です。「ビジネス」優先・企業の利益追求の視点での「規制緩和」が、長い目で見たときに普通に生活している住民に不利益をもたらすことは十分に考えられることです。
うかがいます。
内閣府のHPには、国家戦略特区ワーキンググループの議事録が掲載されており、それを見ると規制改革の様々な提案がなされています。
たとえば都心移住促進のための容積率の大幅な緩和、都心部において用途地区混在地区を商業地域500%に統一し、日蔭規制を解消など、これまでの街作りのルールをなし崩しにするものや、従業員を解雇しやすい特区の提案もあり、これは人権にも関わることです。
実際、大手デイベツロッパーがワーキングチームの構成員であり、けん引役であることから、そのような規制緩和もおこなわれる可能性は十分考えらるわけです。規制緩和に関しては、大田区は、羽田空港跡地、グローバルアライアンスセンター内のことだけを考えていればよいのか。それとも23区に広がる他のアジアヘッドクォーター特区内で提案されている「規制緩和」も影響すると考えるべきなのか。地域限定といっても、本社と支店という関係がある場合もあり、地域のちがいで、税制優遇措置がかわることもあるのか。またお隣の横浜・川崎の医療特区は大田区にどのような影響をもたらすのか、様々な疑問が尽きません。
日本が交渉参加の緒についたTPPでは、非関税障壁として、日本の社会システムや制度の撤廃、緩和も目指されるといいます。秘密主義のTPPですが、先行している米韓FTAから推測すると、多国籍企業が経済障壁だと思えば、日本の国を訴えることもできるISD条項、また、一度始めた規制緩和はもとに戻せない、というルールのラチェット条項もあります。今後、国家戦略特区が大田区にどのような影響を及ぼすのかは、TPPへの連動ということでも注意を要すると考えます。
うかがいます。
神奈川・横浜・川崎は国家戦略特区として、「健康・未病産業と最先端医療関連産業の創出による経済成長プラン」を申請し、目標として「規制緩和等を通じて健康・医療市場のビジネス環境を整備し、革新的な新規ビジネスを次々と確立する」「企業主導で健康・未病関連の新市場・新産業を創出する」と掲げています。
うかがいます。
横浜・川崎の事業展開はまだ確定していないところも多いということですが、区民生活への影響には十分注意を払い、必要な時は、国に対して意見を言えるようであってほしいと思います。医療の問題は直接生活に関わってくるので切実です。利益を上げることが目的の企業主導となれば、当然、利益率の高い、保険適用外の自由診療が増えることが予想されます。
現在、国民健康保険料が払えず、医者にかかれない、という厳しい経済状況の人が増えているという状況もある中、高額な医療費がまかり通るようになれば、医療を受けられる人、受けられない人というふうに、差別、格差がまた大きくなります。高額医療が増えれば、それによって国保の財源が枯渇し、国保料のアップ、という悪循環を生み出すか、あるいは、公的保険の縮小、混合医療が認められれば、国民皆保険制度の崩壊にもつながることが懸念されます。
■町工場のこれから
大田区の町工場は全盛期、9000あったものが、今は4000といわれています。3人~5人で経営する小さな町工場も多く、現在は経営的に厳しい状況が続くと聞きます。中小企業の景況25年4月から6月をみると製造業・卸売業・サービス業・小売業もどれも厳しい状況で、コメントには、「年金と諸経費削減で、何とか営業しているのが現状。協力金と称して、大手からは一律値引き、断れば仕事がなくなる怖さからそれもできない。弱肉強食は動物界の話ではない。」「同業者間の競争の激化」「テレビや新聞では景気回復などの記事がよく出ているが、当社においては受注はなく、とても実感できない。周りの同業者も同じで、不景気の我慢比べだ」と苦しい状況がつづられています。消費税の増税はさらにこの厳しさに追い打ちをかけると思われます。
町工場の置かれた厳しい状況の原因は、さまざまあるでしょうが、高度経済成長時代とは違って、生活必需品は家電製品を含め、もう需要を満たしていることや、インフラもほぼ整い、公共的な需要も少なくなってきたこと、工業化の進んできたアジアが技術力をつけてきたこと、安い労働力を求めて企業がアジアに拠点を移したこと、など、時代の流れの中での社会的・構造的な変化によるところが大きいと考えられます。
国は、新しい活路を国家戦略特区に期待する向きがあるのでしょうが、成長戦略として結局は建設工事振興政策が、さらに国の借金をふやすことになり、国民の負担が大きくなるのではないか、アメリカ主導の業界再編の波が日本の中小企業、そして町工場を襲うことになるのではないか、と心配は尽きません。高度経済成長時代とはちがう方法での活路を求めるべきだと考えます。
うかがいます。
■評価の指標について
国家戦略特区コンセプトによると目的は「民間投資の喚起により日本経済を停滞から再生へ」ということになっています。では再生とは、どういうことをさすのでしょう。 国家戦略特区は、モデル地区であり、成功すれば全国展開していくことを視野にいれているとのことですが、成功とは、どのようなことを指すのでしょうか。
うかがいます。
■羽田空港跡地の活用法についてお聞きします
跡地の活用法に関しては今後、国の意向が強く出てくるのでしょうか。それとも、「区民のためには、どのように活用するのが一番いいのか」あるいは歴史的な観点から羽田の人たちに返すという意味でも地域の人たちに、活用法を相談するなど、大田区の課題に照らしてまだ考えていけるのでしょうか。
産業交流施設をつくることの是非や中身の検討についての議論が十分とはいえないままに、羽田グローバルアライアンスセンターという華やかな名前がつき、「産業の戦略拠点形成」として施設の整備・運営支援・海外企業と国内中小企業の研究開発支援という「施設」と「機能」が提示されています。
「産業交流施設」についての提案です。私は、新たな箱モノを作ることには、賛成ではありませんし、ピオの活用法としてでもよいのですが、町工場の技術を継承し、学べる場としての機能を持つ、「大田ものづくり大学」のようなものがあってよいのではないかと考えます。
大田の町工場の職人が先生です。後継ぎがいないという問題も聞きます。高度な技術はだれかに継承しなければもったいないので、外国人や若い人、退職後の人でも意欲のある人が学びに集い、時には町工場で実地学習です。
たとえばスイスやドイツには、手工業の仕事の伝統やレベルを維持し、後継者を育てるためにマイスター制度が古くからあり、その流れを汲んだ「職業教育制度」が今でもあります。週に4日は親方・マイスターのいる工場で働き、1日は学校で理論を学ぶという教育制度で、現場と学校、両方が舞台となっています。その中で「時計ならスイス」というような確固たるブランドを生み出していますが、大田の町工場も何かを生み出す力を多く秘めていると思います。
大田の町工場の職人は、みなさん「親方・マイスター」です。たとえ、その家に後継ぎがいないとしても、残すべき技術、技があるのではないでしょうか。高齢になっても一人でがんばっておられる方がいらっしゃる一方で廃業してしまわれる方も少なくないと聞きます。たとえ廃業しても「先生」として、その社会資源を後進に残すことができるような仕組みが必要ではないでしょうか。
またその大学の大事な機能としては、やはり「連携」です。区は医工連携支援センターを昨年設け、成果を上げていることと思いますが、区内には別にもう5年も活動をしている、草の根の「介護支援研究会」という、介護や医療関係者と町工場の方々が作っている研究グループもあります。月に一度、pioで例会を開いており、私もなんどか参加させていただきましたが、それぞれの工場で作ってきた医療や介護に役立つと思われるものを紹介し合う小さな会合です。
この研究会のメンバー、リブト株式会社は、昨年、大田区ビジネスプランコンテストで「持ち運びのできるポータブル内視鏡」で大賞をとりました。在宅の高齢者で病院まで来ることのできない人に、誤嚥性肺炎で亡くなる人が多いことから、なんとか持ち運びできる内視鏡ができないかと考えた医者からの依頼でビッグ朝日に研究所を構えるリブトが挑戦しました。開発に成功し、今では多くの高齢者を救い、受注も増え、歯医者さんも利用するようになったそうです。実は開発費がなくて、その研究会のメンバーでお金を出し合ったそうですが、このような結束力で大田の新しい製品が生み出されているのです。
下町ボブスレーもそうですが、人と人とが出会って、知恵と力を出し合う、そのような活動がモチベーションを高め、町工場を元気にしていっているのではないかと感じます。これからの時代は大量生産でなくても、たった一つでも必要なものをきちっと作れる技術が求められているのではないでしょうか。
医工連携支援センターは、小さな町工場の職人も参加できるようなオープンな研究の場になっているのでしょうか。草の根のグループもいっしょになって研究開発はできるのでしょうか。医工連携に限りませんが、少しでも多くの人が「出会いや技術の情報交換」の場につながれることが、大田ブランドの向上につながるのだと思います。日本中からさまざまな「課題」「お困りごと」を募集して、その解決を工業の力で取り組むプロジェクトチームを作っていくのはどうでしょう。
チーム大田で、世界にうってでる「一点もの」を生み出していく、大田のものづくりを世界に発信していける場、工業集積地だからこそできる、「出会いと連携」の環境作りが支援になるのだと思います。
うかがいます。
グランデイオの通路で時々行われる「大田の工匠100人」の展示会は、多くの人の足を止める、大田区を誇らしく思える場となっています。技術の発表の場、上手な演出は町工場の支援になります。
うかがいます。
国家戦略特区、アジアヘッドクオター特区に関しては、イメージ先行、偏った業界偏重や多国籍企業・大企業の利益優先、TPPの先行実験地域とも思え、一般の市民に広がる具体的な経済活性化の道筋が描けず、むしろ人口減少・高齢化に向かう中で巨大な建設プロジェクトによる、将来的な大きな負担が懸念されます。
社会保障をはじめとする、現在ある課題を解決できないまま、さらに社会システムの崩壊につながるようなことがあってはならないと考えます。
耳触りのよい「成長戦略」という言葉に流されて、住民の生活を防衛できなくなったら本末転倒です。
大田区は、地域の町工場の実態に立脚して、恒常的な発展、社会の持続性にもつながる環境作りをめざすべきではないでしょうか。